棚守房顕覚書150 蔵福坊智厳のこと

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棚守房顕覚書150 蔵福坊智厳のこと

一、蔵福坊の智厳と申す出家は関東の仁にて候、事の外、殊勝なる出家にて候。弘中正長の調法のため、供僧に準ぜられ、義隆も御目をかけられ候ひき、先年よりの修行者に、彼の智厳程の廻國人は、これなきの由に候條、房顕指南となり在島し候、向後、彼等程の出家あるべく候やと申す事に候。

現代語訳

蔵福坊智厳と申す出家は関東の人でした。殊の外、殊勝な出家(=僧侶)でした。周防の大内氏の家臣の弘中正長が調法(=重宝)したために、厳島神社の供僧に任じられて、大内義隆にも目をかけられた人物です。これより以前の修行者で、この蔵福坊智厳ほどの廻國人(=国を巡って重宝された人物?)はいませんでした。房顕の指南役となり宮島にいましたが、その後、彼らのような僧侶がいて欲しいものだと思いました。

解説

部外者である智厳が厳島神社の供僧となったのですが、棚守はそれを問題視せず、智厳をべた褒めです。ちなみに、供僧というのは神社に仕える僧侶のこと。厳島神社だけの言い方ではないです。この智厳が大内義隆にも目をかけられたと言うのが、どういう意味を持っているのかちょっと。というのも大内義隆といえば「男好き」の大名として有名。この評価の根本にあるのが「智厳=美少年」って事なんじゃないかと…ってのは穿った見方でしょうか。私は棚守房顕も男好きだったんじゃないかと疑ってるんですよね。普通に考えて智厳は「官僚」で、厳島神社に関わったのも政治的な意味合いでしょう。
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