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このページのまとめ
まとめ
●人気観光スポットだが、観光地にしては登山がきつい。注意事項を読んで登ってください。
●弥山は弘法大師が開いたという伝承が残っている。
●弥山は江戸時代まで仏教のテリトリーだった。
●弥山が厳島神社の宗像の女神と同一視し始めたのは明治以降。
●厳島神社から弥山は見えない。よって厳島神社が弥山を信仰対象としていたというのは怪しい。
●人気観光スポットだが、観光地にしては登山がきつい。注意事項を読んで登ってください。
●弥山は弘法大師が開いたという伝承が残っている。
●弥山は江戸時代まで仏教のテリトリーだった。
●弥山が厳島神社の宗像の女神と同一視し始めたのは明治以降。
●厳島神社から弥山は見えない。よって厳島神社が弥山を信仰対象としていたというのは怪しい。
弥山(ミセン)
名前弥山(ミセン)
標高535m
関係施設御山神社・霊火堂・弥山本堂・大日堂・閼伽井堂・三鬼堂・観音堂(弥山)・文殊堂・遊女石畳・岩屋大師・太夫戻岩・疥癬岩・奥の院・鐘楼跡・毘沙門堂・水掛地蔵・仁王門跡
宮島で最も高い山。弥山という名前の「ミ」に「弥勒菩薩」の「弥」が当てられているのは、弥山の頂上付近が少なくとも江戸時代までは寺の領域だったからだと思われます。
それ以前、宮島の弥山が「神の領域」だったのかというと、よく分かりません。
標高535m
関係施設御山神社・霊火堂・弥山本堂・大日堂・閼伽井堂・三鬼堂・観音堂(弥山)・文殊堂・遊女石畳・岩屋大師・太夫戻岩・疥癬岩・奥の院・鐘楼跡・毘沙門堂・水掛地蔵・仁王門跡
宮島で最も高い山。弥山という名前の「ミ」に「弥勒菩薩」の「弥」が当てられているのは、弥山の頂上付近が少なくとも江戸時代までは寺の領域だったからだと思われます。
それ以前、宮島の弥山が「神の領域」だったのかというと、よく分かりません。
アクセス
弥山に登ってこそ宮島に行ったことになる
弥山は人気観光スポット
弥山は古代から宗教儀式を行っていた特別な場所。登ってみると、その特殊な雰囲気・光景に感動する、かも。宮島に行ったら是非、行きたい。弥山に登らずして宮島を語るなかれ!ってくらいです。
しかし、弥山は海抜から535mまで登ることになるので、かなりキツイ。ロープウェーで途中まで登るのですが、それでもかなりキツイです。ちなみにロープウェーの獅子岩駅から弥山頂上までは30分か40分ほど。しかし舐めているとヘトヘトになります。実は獅子岩駅から一旦降ってから、登るので見た目・数字・時間以上にかなりきつい。その上、道も決して綺麗には整備されていない。必ず以下のリンクを読んでから弥山に登ってください。徒歩で麓から登ることも可能ですが、片道1時間半から2時間かかります(途中にトイレなどない)。
弥山は古代から宗教儀式を行っていた特別な場所。登ってみると、その特殊な雰囲気・光景に感動する、かも。宮島に行ったら是非、行きたい。弥山に登らずして宮島を語るなかれ!ってくらいです。
しかし、弥山は海抜から535mまで登ることになるので、かなりキツイ。ロープウェーで途中まで登るのですが、それでもかなりキツイです。ちなみにロープウェーの獅子岩駅から弥山頂上までは30分か40分ほど。しかし舐めているとヘトヘトになります。実は獅子岩駅から一旦降ってから、登るので見た目・数字・時間以上にかなりきつい。その上、道も決して綺麗には整備されていない。必ず以下のリンクを読んでから弥山に登ってください。徒歩で麓から登ることも可能ですが、片道1時間半から2時間かかります(途中にトイレなどない)。
厳島神社と弥山
厳島神社は弥山と島全体を御神体として信仰対象としているという話はよく聞かれるのですが、厳島神社から弥山は見えません。よって厳島神社が弥山を信仰対象としていた、ということはありえない。よって弥山が、大昔であっても「信仰対象」としていたかは疑わしい。
●厳島神社の創建には神は「海からやってきた」ことになっていて山とはなんの関係もない。厳島神社は「海」の神を祀る神社であって弥山は関係ない。
●ただし、弥山周辺で奈良か平安の遺物が出ていることから、弥山は古い時代から宗教的に特別視はされていた。それでも厳島神社と関わりがあったかは怪しい。
●ただし、弥山周辺で奈良か平安の遺物が出ていることから、弥山は古い時代から宗教的に特別視はされていた。それでも厳島神社と関わりがあったかは怪しい。
島や山を信仰対象とするのは珍しくないが
でも、島や山を信仰とするのは、古い神社ではよくあることです。代表的なのは大神神社(オオミワジンジャ)です。大神神社は三輪山を信仰対象とした神社で創建は3世紀とも言われます。
ですから厳島神社もそう、という可能性はあるんです。厳島神社が古社であれば、あり得る話です。が、大神神社がそうだから、厳島神社もそう、というのは無理があります。
●他にも沖津宮(宗像大社)です。こちらは島です。現在も古代の祭祀跡がそのままに残っています。
ですから厳島神社もそう、という可能性はあるんです。厳島神社が古社であれば、あり得る話です。が、大神神社がそうだから、厳島神社もそう、というのは無理があります。
例えば大神神社は日本書記や古事記にも見られます。歴史があり、複数の書物で見られる確実な「古社」です。一方、厳島神社の創建は推古天皇元年の593年とされていますが、それもあくまで「神社の言い伝え」。実際はどうかは分からない。もちろん、もっと古い可能性もある(証拠は一切ないが)。
●厳島神社と思しき記述が見られるのは9世紀の日本後紀という書物が最初。厳島神社の伝承によれば推古天皇元年(593年=6世紀)が厳島神社の創建の年。
9世紀の日本後紀に記載があるってことは、厳島神社はかなり古いのですよ。でも大神神社の時代とはすでに「信仰のあり方」が違う。果たして「同じような信仰だ」と言えるかどうか。
弥山と厳島神社が結びついた訳
一方で、弥山は弘法大師(空海)によって開かれたという伝承もあります。実際には弥山に弘法大師(空海)がやってきたということはないです。弥山と空海が結びついたのは室町時代に新義真言宗の僧侶が弥山で修行し始めたからです。
その後、明治維新の時に神仏分離されます。仏教施設は徹底的に否定されます。すると弥山にあった仏教施設は否定されます。当時は厳島神社ですら「赤いのは仏教的」とされて、赤い社殿を削り落とされたくらいです。弥山の仏教施設はこのままでは取り壊される。実際、麓の仏教施設は取り壊されています。どうやら、弥山と厳島神社が結びついたのはこの頃のようです。
つまり弥山を厳島神社の信仰対象であると設定することで、弥山の施設を守った訳です。どうもそれから「宮島は神の島」になったようです。
その後、明治維新の時に神仏分離されます。仏教施設は徹底的に否定されます。すると弥山にあった仏教施設は否定されます。当時は厳島神社ですら「赤いのは仏教的」とされて、赤い社殿を削り落とされたくらいです。弥山の仏教施設はこのままでは取り壊される。実際、麓の仏教施設は取り壊されています。どうやら、弥山と厳島神社が結びついたのはこの頃のようです。
つまり弥山を厳島神社の信仰対象であると設定することで、弥山の施設を守った訳です。どうもそれから「宮島は神の島」になったようです。
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