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滝小路のまとめ
●「滝」とは白糸の滝のこと。白糸の滝に続く道だから「滝小路」。
●厳島合戦では弘中三河守(=弘中隆兼)がこの一帯に火をつけた。
●林家住宅(上卿屋敷)・棚守屋敷跡・粟島神社などがある寺社の通り。
●「滝」とは白糸の滝のこと。白糸の滝に続く道だから「滝小路」。
●厳島合戦では弘中三河守(=弘中隆兼)がこの一帯に火をつけた。
●林家住宅(上卿屋敷)・棚守屋敷跡・粟島神社などがある寺社の通り。
滝小路(タキコウジ)
厳島神社の南から筋違橋を渡って大聖院に繋がる道のこと。この辺りと「滝町」といい、この滝ってのは白糸川を少し登った「白糸の滝」のこと。大聖院への道じゃなくて「滝」がメインになっているわけだから、白糸の滝の方が観光地としてヒキが強いってことです。今では白糸の滝はチョロチョロとしか流れていないので「どうして滝町・滝小路なんだよ!」ってツッコミたくなりますが、どうも江戸時代の白糸の滝はすごい水量で、しかも現在の位置ではなく手前にあり、ヒキの強い名勝だったようです。それで「滝小路」なんです。
寺社の通り
観光として「ここが滝小路か」ってことはおそらくないです。
厳島合戦と滝小路
1555年の厳島合戦で毛利軍が奇襲をかけてきたときに陶・大内軍の弘中三河守(=弘中隆兼)は滝小路に踏みとどまりましたが、毛利軍の猛攻に耐えきれず、滝小路に火をかけて退却。吉川元春は追撃せず、厳島神社の消化活動をした。
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