座主(ザス)…一般に寺のトップ…宮島では大聖院のトップのこと

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座主(ザス)

まとめ
●座主は宮島では大聖院のトップのこと。
厳島神社の運営に強く関わる立場。
●戦国時代以前と以降で厳島神社の運営に強く関わる人が入れ替わっているが座主だけが変わっていない。

座主(ザス)の意味

座主は一般的には天台宗のトップ。
つまり天台宗延暦寺のトップ。
座主は最初、他の住職に指導できるくらいの力量がある人物という程度の意味だったらしい。
宮島の場合は、大聖院のトップのこと。厳島神社の資料で「座主」と書いただけでそれは大聖院の座主を指す。

宮島の座主

宮島の大聖院のトップが座主。大聖院は厳島神社を戦国時代以前まで管理していた。大聖院は「厳島神社の別当寺(ベットウジ)」とも呼ばれます。別当というのは「別に当たる」という意味で、「大聖院は本職とは別に厳島神社の管理も別に当たる寺です」って意味です。

つまり大聖院の座主とは厳島神社のかなり重要な人物。
いつからそうなのかは何とも。

座主だけが変わらない

戦国時代途中までは、トップは神主(藤原氏)です。この神主の下に、社家三方内侍六家衆・座主)がいて、この社家三方が神主を補佐し儀式を執り行っていました。しかし、神主の友田興藤(出自は藤原氏)が大内に謀反して死亡すると、大内義隆(周防の大名)は宝蔵の管理人という下っ端神官であるはずの棚守房顕を重用し、厳島神社の関係者のトップに据えます。

友田死亡後の厳島神社は神主は無力化され、三家(大聖院座主・社家奉行大願寺)が中心となって厳島神社を運営して行きます。友田の謀反以前とは随分と顔ぶれが違いますよね。
社家奉行棚守房顕とその子孫の役職。

しかし、大聖院座主だけが社家三方三家という激変の中でも変わっていない。

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