速谷神社

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TOP >> 速谷神社歴史 歴史的建造物 神道 おすすめ度☆☆☆★★ 廿日市
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速谷神社の住所と神

住所広島県廿日市市上平良308-1
飽速玉男命(アキハヤタマオノミコト)
備考安芸国二宮。過去では安芸国一宮だった。

かなり古いとされる神社
速谷神社は、1800年前(2世紀か3世紀?)、創建されたとされます。ちなみに厳島神社が推古天皇の時代6世紀の創建だから、「古さ」でいうと速谷神社の方が遥かに上。また実際に10世紀辺りまでは速谷神社がの方が「安芸国一宮」で、格上でした。それどころか、速谷神社は山陽道(現在の兵庫から山口まで)の中でも別格の扱いでした。
●神社は中央政権によって「格付け」をしていました。それが「一ノ宮」とか「二ノ宮」とか「三ノ宮」です。
●史料に速谷神社の名前が初めて出るのは日本後記(8世紀末から9世紀の出来事をまとめた本)の嵯峨天皇弘仁二年(811年)。「安芸国速谷神と伊都伎島神(厳島神)」と書かれているので厳島神社と併記ということ。ただ順番が先だから当然、速谷神社の方が格上です。
●11世紀の延喜式には安芸国では速谷神社・厳島神社・多家神社が出てきます。
●仮に創建が3世紀とするなら、もっとも古い大神神社(奈良県桜井市)と同じかそれ以上に古い神社となります。

厳島神社に速谷神社は追い抜かされた

後輩に追い抜かされる悲哀
ところが11世紀に厳島神社が平清盛によって改築されてからは、二宮どころか、厳島神社の摂社と言われる始末。摂社って言われるのは、「速谷神社は厳島神社の子分」って言われるのと一緒です。創建は間違いなく速谷神社の方が先なのにさ。そのくらい厳島神社の出世が急激だったのでしょう。

速谷神社は昔から「車の厄払い」で有名です。つまり「交通安全」の神様ってことです。どうも昔から交通安全の厄払いで有名だったようです。
広島電鉄のバスや電車も厄払いを受ける。
●ところで厳島神社も本来は「交通安全」の神です。と言っても、厳島神社は交通安全でも主に「海上の交通安全」ですけどね。

飽速玉男命

祀っている神は飽速玉男命(アキハヤタマノオノミコト)。この神様の「飽(アキ)」は当然ながら「安芸国」のアキの元となった名前です。速玉(ハヤタマ)が訛って「ハヤタニ」になったのかもしれない。そう考える方が自然かな。
●ハヤは強調の意味。「タマ」は穀物霊の魂のこと。
●速谷神社は速田大明神と呼ばれていたこともある。
●「タマ」も「タニ」も元々は「田」を表していたのかも。

では「アキ」ってなんでしょうか?
実はこれが九州の宗像市の宗像大社の辺津宮の周辺の土地の名前のようなのです。その土地の名前が字が違って「秋」。この秋から稲作が伝えられたのではないか?と言われています。
宗方、稲作、秋…これらが伝わった土地が「安芸」と呼ばれ、飽速玉男命という神を祀る神社があり、厳島神社の神の市杵島姫はそのものズバリ、宗像大社の辺津宮の女神です。
●「アキ」という言葉に「飽」という字が当てられたのも、なるほど、と思いませんか? 稲がお腹を満たす、だから「飽き」を当てられたのでしょう。

江戸時代に場所が不明に

江戸時代に入ると速谷神社は古い書類にはあっても存在していませんでした。それが江戸時代の途中に、古事記・日本書紀や古い文書の研究が進むと「ハヤタに神社」を復活させようという機運が高まり、再建されることになりました。

関係雑記

木造狛犬
室町時代に、木造狛犬の寄進があり、広島県の重要文化財です。
大願寺とのつながり
厳島神社の管理・修造を行う大願寺の僧侶の尊海(ソンカイ)が1547年に作成した大願寺領の年貢徴収台帳である紙本墨書大願寺尊海文書(大願寺領所務張)もあります。

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