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火立岩
火立岩は厳島神社の管弦祭で船の飾り付けをして火をつける場所だった(現在は岩はない)。火立岩の名前の由来はそこ。火立岩の名前は厳島合戦(1555年)で毛利軍が、この火立岩から宮島の包ヶ浦へと渡ったことで有名なのですが、本来は宗教関係の土地。
実は管弦祭の大事な場所だった?
元は小山だったとも、島だったとも。火立岩という記載だけでなく「仕立岩」「帆立岩」とも呼ばれていたらしい。管弦祭で船に飾り付けをしたというのはこの名前からも間違いないでしょう。しかし、なぜここで「仕立て」たのか分からない。もしかすると管弦祭は厳島神社から地御前神社へと渡る神事ではなく、火立岩から地御前へと渡る神事だったのかもしれない。火立岩に神がいて、その神を地御前神社に連れていく神事?かも。
火立岩が現在はない理由はハッキリしない。砂が堆積して岩と陸が繋がったとも、それで道路ができるときに爆破したとか、広電(市電=チンチン電車)の線路を設置するときに取り除いたとも言われます。また、島には樹齢の多い松が何本か立っていたとも。
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