厳島神社の創建

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厳島神社の創建

現在の厳島神社は「平清盛が建てた」ということになっていて、そこのところが有名ですが、これは厳島神社の海上神殿を清盛が「綺麗にした」という意味です。それ以前から厳島神社自体は存在しています。社伝によると推古天皇元年(593年)に佐伯鞍職(サエキノクラモト)によって創建されたとされます。
まとめ
●593年に厳島神社が創建された、というのは厳島神社の社伝。
●他の伝承や歴史書には記述がない。
●厳島神社にはわからないことが多い。
参考佐伯鞍職と厳島神社の創建の伝承

推古天皇の時代

推古天皇というとその摂政として活躍したのが聖徳太子(=厩戸皇子)です。聖徳太子が特別視されるのは、17条の憲法といった改革を行ったから、というのもありますが「仏教を取り入れた」ことが大きいです。仏教を取り入れたのは聖徳太子の時代ですが、その前の時代から蘇我氏が寺を建て、仏像を祀ったという土台があってのことです。つまり、厳島神社ができた時代というのは、仏教が積極的に取り入れられ始めた時代だったということです。
ところで、厳島神社の創建はそう言った6世紀の末なのですが、それ以前から島に信仰がなかったということはありえません。何かしらの信仰はあった。しかし、そこに「宗像の女神」を連れてきた。それが佐伯鞍職(サエキノクラモト)なだけです。

厳島神社の創建以前の信仰

それ以前の宮島での神が何だったのか?は推測の域を出ませんが、「島全体を神格化していた」「島は禁足地だった」というのが定説になっています。ただ、宮島からは貝塚や石器が出てきていて、縄文時代からここには人が住んでいたことは間違い無く、鎌倉時代にもすでに人が生活していたのも間違いない。となると、仮に禁足地だったとしても、古い時代のかなり狭い期間に限られます。果たして「宮島は人が住んではいけない禁足地だった」というのは、どこまで事実と言えるのかは微妙。

それに厳島神社の女神は今でこそ「穀物神」という性質も持っていますが、そもそもは「海上交通の女神」です。厳島神社を創建した理由は、普通に考えれば「貿易」のためでしょう。厳島神社を創建することで海上交通の安全を願った。いや、創建し、神事を行うことで、海上の安全を守っているのは厳島神社であるのだから、厳島周辺を通る時は「通行税」を取っていたのかもしれません。「通行税」とはいかないでも、神への畏怖が強かった時代ですから、この辺りを通る人たちは厳島神社を無視できないでしょう。寄付を行って、安全を買っていたと考えた方が自然です。

社伝は社伝

ただ、問題は「社伝」はどこまで信用できるのか?です。
宮島は海上交通の要所です。ここに貿易のための海上交通の女神を祀るのは何にも不思議ではありません。しかし、だからと言って6世紀末に創建したというのが事実とは限りません。それに12世紀ごろに現在の社殿(海上神殿)ができたのは間違いありませんが、それ以前の厳島神社は歴史書に散見される程度のことで、実像は全くわかっていません。6世紀末に創建されたというのは、完全に社伝に依存した情報なんです。

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