西行戻(サイギョウモドシ)…古今和歌集の有名歌人の伝承地

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西行戻(サイギョウモドシ)

名前西行戻(サイギョウモドシ)
場所行者堂(角仏堂)のあたり。
由来西行が宮島の山で老婆に会いました。老婆に道を尋ねて「空蝉のもぬけの殻に こと問えば、山路のさえも教えざりけり(蝉の抜け殻に尋ねても、山道も教えられないよなぁ)」と歌います。すると、老婆が「空蝉か(蝉の抜け殻なら教えられねぇな)」と答え、西行は引き返したと言います。

西行とは

西行(1118年〜1190年)というのは平安時代から鎌倉時代の人物。そもそもは武士だったのが、出家して坊主になって歌を歌って放浪した。坊主というよりは歌人として有名。「千載和歌集」の編者の藤原俊成とつながりがあり、藤原定家の新古今和歌集に影響を与えた人物。新古今和歌集には94首が載っていて、新古今の中では一番。

仏教的に説教する物語である「説話」に『撰集抄』『西行物語』というのがある。この二書は西行関連の本。
この説話は史実をまとめるものではなくて、「説教」が目的の本ですから、事実かどうかは分からないのですが、ともかく色々と西行の物語があります。
で、この西行の説話の中に「西行戻」というパターンがあるんです。

で、西行戻とは?

西行は歌人となって全国をウロウロと放浪していて、その記述が上記の本などに見られます。その放浪の中で、目的地に行こうとする途中で、現地の子供に恥をかかされて、目的地に行くのを諦める、ってパターンがあって、これを「西行戻」と呼んでいます。
松島「西行戻しの松」
秩父「西行戻り橋」
日光「西行戻り石」
甲駿街道「西行峠」

宮島の西行戻しはこの「亜種」です。問題は、上記の西行戻しが「子供」にやり込まれるのに対して、宮島の西行戻しは「老婆」。これってどうなんでしょうね。
●西行が実際に宮島に訪れたらしい。そこは本当だと思われるが、西行戻しの話は宮島の伝承のみで、後から作られたものではないかと思われる。
●西行は新古今和歌集などの有名人で、西行戻しの物語が創作されたとしたなら、これは「庶民が西行が有名人だと知っていた」という前提があったからだと思います。

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