佐伯鞍職と厳島神社の創建の伝承

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佐伯鞍職と厳島神社の創建の伝承

厳島神社を創建したのは佐伯鞍職という人物です。伝承によれば593年推古天皇元年だと言います。ただし、これは神社の伝承のお話で他に補完するような書物や物証はありません。ただ非常に興味深い話ではあります。
●厳島神社創建の以下の神話は後世の創作と考えるべきところが満載ですが、参考にするべきところはあります。ぜひ、1度目を通してください。

物語は大和から始まる

大和の国の印南の野に七色の声で鳴く、黄金の鹿が現れました。その鹿を推古天皇が「是非、欲しい。捕えて来い!」と所望しました。鹿って滅多に鳴かない上に七色の声で鳴くとなると欲しがってもしょうがない。しかも、黄金です。そこで、大和の氏族たちは鹿を召し取ることになるのですが、誰も捕らえる勇気がありませんでした。

そこで佐伯鞍職が捕らえることになりました。
佐伯は宮廷の警護の氏族です。
また、佐伯はそもそもが東北の蝦夷(異民族)の血を引く名前です。蝦夷は狩をして動物の肉を食べていたわけですから、鹿を捕らえる技術があっても不思議じゃありませんよね。
というわけで佐伯鞍職は印南の野に入って、どうにかこうにか鹿を捕えてきたのですが、結局生け捕りには出来ず、弓で射抜いて殺害し、鹿の死体を献上したのでした。

鹿は非常に警戒心の強い動物です。生け捕りなんてそうそう出来ません。それに生け捕りにしても、推古天皇の前で鳴くかどうかなんて分かりません。そもそも鹿はなかなか鳴かないんですから。

でも、死体を献上したら、そもそも鳴くわけもありませんよね。

罪を問われる佐伯鞍職

朝廷の氏族たちは死体を献上したことを批判しました。

佐伯はそもそもが蝦夷の出身ですから、そういう異民族の氏族が手柄を上げることが不愉快だったのもありますし、誰であれ他人に手柄を上げられることそのものが嫌だったのもあります。だから足を引っ張ったのです。推古天皇は佐伯が悪いとは思っていませんでしたが、あまりに皆が言うので抑えられなくなりました。佐伯鞍職は大和から追い出されることになりました。
●別の伝承では推古天皇が「死体を献上されて」ブチ切れたとも。こっちの方が自然に思いますね。
●鹿は黄金の毛並みを持つ、神の使いとされています。
●鹿は春日大社などでは神鹿と呼ばれる神の遣いです。別に黄金じゃなくても。
●日本書紀には佐伯が鹿の肉を献上してやはり左遷される話があります。
●個人的には、「動物の肉は穢れているために、死体を献上した佐伯は罰されたのではないか?」とも思います。

島流しに

そうして佐伯鞍職は安芸国…現在の広島県に左遷されました。左遷というか流刑、島流しですね。中央から離れた安芸国というのは当時はそういう場所だったのです。それで移り住んだのが沙々羅濱…現在の大竹市です。大竹市は宮島の西の地域です。そこで魚を取ったりして、どうにかこうにか生活していると、因賀島(宮島の古い名前)の西から紅い帆の船がやって来ました。白い帆は見たことがあったが、あまりに珍しいので近づいてみると、それは船ではなく宝石(=瑠璃ガラス)の壺でした。
●伝承では因賀島とあるが平安時代の在原業平の和歌には「恩賀島(タグイナキシマ)」とあります。ちょっと字が違うんですよね。名前の意味が「神の御香(オンガ)が深い」と言う意味だと考えると、まぁ、どっちも当て字なわけです。
●時代的に帆船はなかったとされる。
●当時はガラス器が非常に貴重だった。瑠璃ガラスは宝石とされた。おそらく外国の商品を象徴しているのだと思われる。

女神の来訪

壺の中には十二単を着た宗像三女神の市杵島姫神(イチキシマヒメカミ)・多紀理姫(タキリヒメ)・湍津姫(タキツヒメ)がいました。女神たちは言うには「九州から来たが、この辺りに鎮座しようと思う」とのこと。そこで佐伯鞍職は因賀島を案内すると女神たちは三笠の浜を気に入って、
「いつくしい」と言いました。
それでそれから厳島と呼ぶようになりました。
「神殿十七間、回廊十八間を造営し、我々を厳島大神として祀れ」と、そこに厳島神社を建てるように命じました。
●島を案内したことが御島巡りの由来となっています。
●島を巡る時にカラスが案内したとも。それが御烏喰式(オトグイシキ)の由来になっています。
●十二単は10世紀ごろからのもので、6世紀にはない。これは間違いなく創作。
●厳島神社に祀られている神は変遷していて、宗像三女神が祀られるようになったのは鎌倉時代。よって厳島神社が6世紀に創建されたとしても、その時に宗像の女神は祀られていない。よって創作。
●ただし、厳島には9世紀までには宗像の女神は祀られている(厳島神社ではないが厳島には祀られている)。
●この話は当然ながら後世の創作なのは間違いない。ただし全てが創作とはなんとも。

厳島神社の創建へ

佐伯鞍職が勝手に神社を作るわけには行きません。そこで、推古天皇に「厳島神社を作る許可」を得なくちゃいけないな、ってことになりました。しかし、佐伯鞍職は中央から追い出された罪人ですから、多少のことでは許可が出そうにありません。そこで鞍職は言いました。
「神社を建てるには、それなりの神慮がないとなぁ」
と言いました。
何か、吉兆があって、そうじゃないと神社を建てる許可は出ないよ、ってことです。すると女神が言いました。
「あなたが朝廷に報告する時刻に、宮廷の北東の空に客星の奇妙な光が出現して、宮廷の公卿たちを驚かすでしょう。そして、多くのカラスが集まって、宮廷の榊の枝を咥えるでしょう。そのことを証拠とするように約束して奏上せよ」
まぁ、予言ですね。予言の通りに奇妙なことが起きたら、それを神の意志と考えて、厳島神社を作る許可を出せって言いなさいよ!と女神は言ったのです。
●客星というのは、惑星とか彗星とか、普通はない星のことです。予定していない星の光が見えると、驚くってことは、星の位置や移動を神の御告げとして考えていたってことになりますね。
●北東は鬼門です。鬼門から悪いことがやって来るというのが風水の考えです。
●カラスは現在では縁起が悪いですが、昔は「太陽を運ぶ」「道案内する」という決して悪いイメージではありませんでした。それが神聖な榊の枝を咥えて騒ぐってのは…どういう意味なんでしょうね。多くのカラスが集まっている時点で、やっぱりあまりイメージのいい光景ではないような気がします。
●総合すると「佐伯鞍職のいう通りに神社を作らないと、とんでもないことになるぞ!」という脅しに見えるんですが、なんとも言えないですね。もっと適切な解釈があると思うので、あんまり当てにしないでください。

それで佐伯鞍職が朝廷に出向いて、事情を説明すると、女神が言った通りのことが起きまして、朝廷から厳島神社を創建する許可を得ることができました。
余談
●女神が大竹にやってきた時に佐伯鞍職に「お前は誰だ?」と尋ねると鞍職は「この所のものです」と答えました。「この土地のもの」という漠然とした意味だったのですが、それで佐伯鞍職は「所の翁」というニックネームで呼ばれるようになります。
●推古天皇が、大竹に訪れた時に、杖を刺すと、杖が桜の木になって花が咲いたとされ、「推古桜」というのが大竹にはあります。ただし、現在は枯れている。

神社をどこに作るのか?

で、神社を建てることになったのですが、じゃあ、どこに建てるのかってことになりますよね。佐伯鞍職が女神に
「どこに建てると良いでしょうか?」
と尋ねると、
「高天原から連れてきた神鴉(オガラス)が案内するから」
と答えました。
佐伯鞍職は船を作り、禊をしながら回っていると、養父崎のところで弥山から神鴉が飛んできて、粢団子(シトギダンゴ)を咥えて先導し、姿を消したところに神殿を建てたと言います。

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