宮島の家の屋根は黒い?

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宮島の家の屋根は黒い?

要害山などの高い場所から宮島の家々の屋根を見ると「黒」が多い。これは厳島神社の「赤」に対して敬意を払っているから、みたいなことを宮島案内本で見たのですが、いやいやホンマかいな。

黒い屋根の意味

言われてみると黒い。
写真で白く見えるのは、屋根瓦が反射しているだけです。

そもそも屋根は「黒」が普通で、一部の地域(広島県では東広島市など)では寒さに強い石州瓦の「赤い屋根」が目立つくらいで、黒い屋根はむしろ普通。特別じゃない。
江戸時代にはどうか
ただ、それは現在の屋根事情であって江戸時代に果たしてそうだったのかというと、よくわかりません。おそらく広島というか中国地方は石州瓦か、茅か板蓋だったのでしょう。。そうなると宮島はその当時、「特別に黒い屋根が多かった」というのは十分考えられます。

なぜ宮島が黒い瓦だったと考えるか?
そもそも屋根瓦というのが高級品です。江戸時代に江戸幕府は江戸の火事を防ぐために屋根瓦を奨励しましたから江戸時代にはみんな屋根瓦だと思っていますが、そうでもありません。そもそも屋根瓦は高い。その上、黒い屋根瓦は高級でした。見た目も高級だし、重い。
普通なら黒い屋根瓦は設置しない。
しかし、そういう屋根を宮島では設置する土壌がありました。

宮島は特別な島

宮島は厳島神社と古いお寺が並ぶ特殊な島です。寺社の関係者が多く住み、現在でも林家住宅(上卿屋敷)や、棚守屋敷跡が残っています。つまり、まぁ、なんというか特権階級の島だったわけです。その一方で、1625年には広島城下にあった「風俗街(吉原)」が宮島に移設されています。

現在の風俗街はいかがわしいばかりですが、当時の風俗街は特別な体験をする大人の遊園地ともいうべきもので、安い建物で安いサービスをする場所じゃありません。となると建物も相当に凝ったものを用意したはず。
となれば、屋根の色は黒くても不思議じゃないんです。

ちなみに風俗街だった場所が現在の「町家通り」です。
町家通りには江戸時代に建てられた建築物が一軒だけ残っています(吉田家)。一般家庭なのでジロジロ見たらアレですが、屋根は黒いです。
●ただし屋根瓦が古いものとは思えない。それでも昔は赤かったということはないでしょう。

もう一つおまけ
宮島の特殊事情に「猿」があります。
猿が屋根瓦をひっくり返すのです。そこで猿がひっくり返せないような重い瓦を設置するようになりました。それが「猿瓦」。猿瓦は現在では資料館や本や店舗の装飾でしか見られないものですが、かつては鹿戸と並んで一般的なものでした。
この猿瓦も黒い。
仮に宮島が伝統的に別の色の屋根瓦を使っていたら、黒い猿瓦を利用するとは思えない。他の屋根瓦も黒かったのでしょう。

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